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性ホルモンがヒトの音声生理に及ぼす影響:小児期から老年期まで

『性ホルモンがヒトの音声生理に及ぼす影響:小児期から老年期まで』

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 

ヒトの声に対する性ホルモンの影響に関するレビュー論文。小児期、思春期、月経、妊娠、老年期のそれぞれの時期や状態で起こる性ホルモン関連の声の変化を解説する。


〈小児期〉
ヒトの出生時の喉頭は、成人の喉頭の3分の1のサイズである。
小児期には輪状軟骨はC4レベルから徐々に下降し、C6レベルに達する(primary descent 喉頭の一次降下)。
乳児の喉頭の構造は成人とは大きく異なり、オメガ型の喉頭蓋、楕円形の声門内腔、丸みのある輪状軟骨下面を持っている。


出生後のmini-puberty(puberty思春期の前の、思春期に似た時期のためこう呼ばれる)の時期に、性腺刺激ホルモンと性ホルモンの急増が起こる。
mini-pubertyの間、男児はテストステロン、女児はエストラジオールの値が高くなる。


mini-puberty期間中の性ホルモンレベルの男女の違いは、性別に関連した泣き声のメロディパターンの違いや、言語発達における女児の優位性の原因となっている可能性が示唆されている。
小児期には他のホルモンの変化はなく、発声器官に関連した性差は現れない。


〈思春期〉
思春期には発声器官の大きな変化が起こる。男性は劇的な変化があり、平均声帯長は女性が1.0cmであるのに対し男性は1.6cm、平均声道長は女性が14.1cmであるのに対して男性は16.9cmに達する。これは第二次性徴による喉頭の二次降下による。


テストステロンは、男性の声帯の細胞の細胞質と細胞核の両方に存在するアンドロゲン受容体を標的にし、その結果、男性の声帯の大幅な伸長と肥厚が起こると考えられている。
平均して12歳で起こる変声期には、男性のF0は約1オクターブ低下し、女性のF0は3〜4半音低下する。


〈月経〉
月経周期の段階により様々な声の変化が報告されている。一部の研究者は、エストロゲンが最高レベルに達する排卵期に最も良い声質が観察されると示唆している。これはエストロゲンが声帯の上下の腺細胞による粘液分泌を促進し粘液の粘度が高まることによると考えられる。
また、エストロゲンレベルが高いと声帯の血管の透過性が向上し、組織への酸素供給が向上する。


女性は月経前に音声障害の症状が出ることがあり、発声効率の低下,息切れ,音声疲労,嗄声,イントネーションの問題,声のこもりなどの音声症状は、月経前音声障害として知られている。


女性歌手などプロボイスユーザーでは、より深刻な音声障害が記録されている。歌手は月経前に重大な音声障害になる可能性があるため、かつては欧州の多くのオペラハウスが、月経前に歌う予定だった出演者の声帯の損傷を防ぐために、所謂「grace days 恩恵日」を設けていた。


月経前音声障害は声帯組織に対する性ホルモンの直接的な影響が原因であると考えられている。女性の喉頭と子宮頸部の上皮の塗抹標本には有意な類似性が観察されている。また、ヒト声帯に性ホルモン受容体(プロゲステロンエストロゲンなど)が存在することを実証した。


プロゲステロンは声帯上皮の剥離を増加させ、声帯の上下の粘液腺の分泌を減少させ、その結果、声帯粘膜の乾燥を引き起こすことはよく知られている。


〈妊娠〉
妊娠中は心理的,生理的,身体的な変化が起こる。高レベルのエストロゲンプロゲステロンが分泌され、周期的な変動は観察されなくなる。声の変化は特に妊娠後期に発生する。妊婦の声の症状は妊娠性喉頭障害として知られている。


妊娠中の声の変化は、呼吸器系(上気道・下気道)と声帯の両方に作用するホルモン変化に付随する現象だと考えられる。


妊婦はホルモン変化により、鼻や鼻咽頭の粘膜が充血し炎症が起こることがあり、22%の妊婦は妊娠誘発性鼻炎を罹患する。その結果、口呼吸が起こりやすくなり、声帯粘膜の乾燥により声の質に悪影響が出ることがある。


妊娠中に胸部の横径が2cm増加し胸囲が5〜7cm拡大するのに伴い、胸骨下角が68°から103°に広がる。また、横隔膜は4cm上昇する。その結果、FRC(機能的残気量),ERV(予備呼気量),RV(残気量),TLC(全肺気量)が減少するが、これは妊娠後期のMPT(最長発声持続時間)の一定以上の大幅な減少を説明するものである。


高レベルのプロゲステロンは声帯周辺の粘液の生成減少と粘稠度増加を促進し、喉頭の相対的な脱水と上皮の剥落が起こり、声帯粘膜が薄くなる。また、喉頭筋の緊張性が低下する。このため妊娠後期には音声疲労や声質が変化する症状が発生しやすい。VHIなどは妊娠後期に悪化するという複数の報告がある。


〈老年期〉
加齢性音声障害(presbyphonia)は、加齢に伴う呼吸器系,声道,声帯の解剖学的変化に関連している。声の老化には性的二形が見られる。


閉経後の女性はエストロゲンの急激な減少とアンドロゲンの相対的な増加が起こり、男性ではアンドロゲンの緩徐な減少とエストロゲン/アンドロゲン比の相対的な増加が起こる。


声帯には性ホルモン受容体が存在するため、老化に伴う性ホルモンレベルの変化は、高齢者の声の変化に極めて重要な役割があると仮説が立てられている。


女性は加齢に伴い、声の強さの低下,音声疲労,高音の喪失,話声と歌声の音色の喪失を伴う声域の減少を特徴とする更年期音声症候群を呈することがある。
更年期音声症候群の症状は、声帯肥厚,声帯浮腫,声帯突起の突出の増加など、喉頭の形態的変化によって説明できる。


閉経後の典型的な声の変化はF0の低下であり、声のトーンがより深くなり、声質が男性化する。これは閉経後のアンドロゲンレベルの相対的な増加による声帯の肥厚によって起こる。
一方、脂肪組織は閉経後女性におけるエストロゲン生成の主な供給源であるため、BMIが高いほど閉経後のF0の高さと相関する。


男性は加齢に伴って声帯が徐々に薄くなる。30歳を過ぎるとテストステロンは1年に1%ずつ減少する。このテストステロン漸減は65歳以上の高齢男性のサルコペニアの一因となり、声帯の筋にも影響を与える。その結果、声帯の弓状変化や声帯接触の低下が起こり、若い男性に比べて声の気息性が強くなる。
また、男性の老化ではF0の上昇が観察され、声の女性化とよりクリアな声のトーンが観察される。


老化の過程において男性と女性は、声帯の構造とダイナミクス、話声のトーン、知覚される気息性において、正反対の変化を経験する。


〈結論〉
ヒトの声は生涯を通じて性ホルモンの影響を強く受ける。男女の声は出生後に徐々に分岐した軌跡を辿り、思春期に最大の相違に達し、加齢と共に再び収束する(女性の声の男性化,男性の声の女性化)傾向がある。


*laryngopathia gravidarumはとりあえず妊娠性喉頭障害と訳しましたが、正式な訳は(まだ)無いのではと思われます。
また、更年期音声症候群(menopausal vocal syndrome)と月経前音声障害(dysphonia premenstrualis)についても同様です。

 

 

元ツイート:

 

 

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